母の遺品整理で一番最後まで手が付けられず、残ったのが数十冊のアルバムでした。私はこのアルバムをまとめて業者に送り、一冊のフォトブックへと生まれ変わらせ、母が紡いだ思いと時間を最小限のカタチで残すことにしました。完成して手元に届いた真新しい一冊のフォトブックには、私の知らない時代の両親や懐かしい写真達が時を刻んでいました。
それから約10年経って、私はあれから一度もこのフォトブックをめくっていません。何度か整理整頓で断捨離をした時など、手に取ることはあっても開くことはしていません。「そこにある」という存在感だけで安心できていました。いつかまた開くことがあるであろう「その時」は、まだ10年経っても来ていないのです。
古く重いアルバム達を、一冊のフォトブックへの決断

遺品整理をした母の部屋が何も無くなり、がらんとした部屋の押し入れにそのアルバム達だけが、静かに残っていた光景を今でもしっかり記憶しています。
全てを保管しておくのはさすがに無理。かと言って処分してしまうのも何か違う。両親の歴史と思い、家族への愛が綴られているアルバムをどうすべきかはかなり悩みました。自分に子供や孫がいれば、もしかしたら別の行動をとったかもしれません。でも数十冊に及ぶ昔ながらの重く古いアルバムを、子供や孫たちが見る機会はいったい何回あるのでしょう?昔は、その物自体をとっておくことしかできなかったけれど、今は様々なサービスが提供されていて選択肢があります。私は母が残したアルバムをお焚き上げも含めて、業者に依頼し一冊のフォトブックにすることを選択しました。他にも自分でアルバムから数枚の写真を残して、ミニアルバムを作るのもありです。何年後か何十年後かに、なぜ自分がその数枚の写真を選んだのか、記憶をたどる楽しみもあるかもしれません。
そしてもしも思い切って処分することを選んだのなら、それはその時の自分の最適解だと信じていいのかも知れません。その時はまずお住まいの自治体で処分方法を確認してから行ってください。地域によって処分方法が違いますから。
母が亡くなり半年後アルバムを手にとり、始めたこと

母が亡くなって半年経った頃、アルバム達だけが残された押し入れを開けることにしました。アルバム整理を業者に依頼し一冊にまとめようと決心してから、半年かけて週末に時間を見つけては写真の厳選を始めました。兄妹の各自がメインのアルバムは本人に託し、残った13冊を一冊一冊ページをめくっていきました。時には懐かしく思い出にひたりながら、また母が写真と共に残したメッセージに、涙がこぼれる時もありました。13冊あるアルバムから残したい写真に一枚一枚印を付けていったのです。写真は全てお焚き上げに出す予定だったので、もう自分の手元に戻ってこない覚悟の上で、一冊にまとめる写真を後悔のないように選んでいきました。一回見たアルバムでも、気になる写真がある場合は何度も同じアルバムに目を通しました。今はアルバム整理をしてくれる業者も多くあります。自分がどんな形で残したいのか?最後は処分してほしいのか?自分のニーズにあった会社を選ぶのが大切です。
アルバム整理業者の料金表
| 業者 | サービス内容 | 料金の目安(税込) | アルバム処分 |
| おくってフォトブック | 写真を選んでフォトブックに | 20,350円〜(セルフコース/ソフトタイプ/20ページ) | あり(アルバム1冊・バラ写真300枚ごと880円) |
| 節目写真館 | アルバムをまるごとデータ化 | 2,480円〜(アルバム1冊200枚ごと/標準画質・別途基本料金1,200円) | 要問い合わせ |
| カメラのキタムラ | アルバムをまるごとDVDに | 4,980円〜(60ページまで/データ保存のみ) | なし(アルバムは返却) |
2026年10月時点の金額です。別途、送料やオプション料金がかかる場合があります。
一冊のフォトブックが完成してから10年後、未だ開いたことはありません

13冊の古く重いアルバムは新しい1冊のフォトブックとデータ化された1枚のCDに生まれ変わって手元に届きました。その完成したフォトブックを一回見て以来、10年間一度もフォトブックを開いたりCDを再生することはありませんでした。きっとそれは、半年かけて一冊一冊、一枚一枚全部の写真と向き合って選んだ時点で、十分に納得できていたからかもしれません。決してお焚き上げしたからとか、一冊にまとめたからとかが理由ではありません。半年間という期間でついた区切りのような感覚かもしれません。
その一冊のフォトブックをもって、私はまたその半年後に実家を離れ引越しをしました。今は両親の形見の品と一緒に箱に入れて保管してあります。引越しをし、新しい環境に慣れることに精一杯で毎日が慌ただしく過ぎていきました。そしてフォトブックを見ることで一瞬でも立ち止まりたくなかったのかもしれません。ただただ毎日があっという間だったことは覚えています。ただ振り返ればスペースの問題、気力体力の問題、コストの面も含めて現役世代の時に決断し実行できたことは私にとって正解でした。
年齢を重ねるごとに、当たり前だったことに少しずつゆらぎが生じてきます。気づかないうちに自分の「荷物」が心と体を重くさせてしまいます。だからこそ身の回りを整えることで、シンプルに、身軽にフットワーク軽くいたいと思っています。
次にページをめくる時はいつだろう

まだ当分両親の形見の品が入っている箱をあけ、アルバムを開くことはないと思っています。決して見たくないとか、フォトブックを作ったことが無駄だったわけでもありません。ただ「今」ではない気がするだけなのです。次にアルバムを手にとり開く時は、おそらく定年を迎えたり、両親の年齢を超える時がきた時かもしれません。またどこかで訪れる人生の転機の時でしょうか。そっと箱を開け、フォトブックをめくるその時、私はどんな気持ちでページをめくるのだろう。今からその時が楽しみです。そしてこの一冊を私は最後まで持ち続けようと思っています。
託された思い出は少しのカタチと記憶の中に
思い出を形のまま残しておけると、いつでも手に取り、どんなに時が流れようとその時の記憶が鮮明に思い出されます。それがアルバムだとしたら、子供や孫に自分のルーツを手に取り、見て知ることが出来るのは、伝える側としても感慨深いものがあります。ただそれと同時にそのまま残しておくということの労力も考えないといけません。私は整理するのも、処分するのも誰の許可もいらないと思うのです。両親が残したものは、託された人のものです。自分はどうすれば後悔がないか?今の自分にとって何が大切かを考えるいい機会になるかもしれません。ただ、処分してしまったらもう二度と戻ってくることはありません。それを十分理解して、そこに至るまでの自分の納得感で、その後の気持ちは大きく変わるものだと思います。決して後悔しない決断ができますように。
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